手探りで歩く


Generative Designとは

私は設計というものを「既にある技術や素材や加工法を組み合わせて、要求される機能・性能を発揮する具体的な形を決めていく作業」だと捉えています。


形をアウトプットする手段としては手描きスケッチ、手描き図面、2D-CAD、3D-CADと変遷してきているわけですが、「形を考える/決める」という行為は設計者が自分の頭で行わないといけません。そういう意味では設計の本質的なところは昔から変わっていないとも言えます。


しかしここに来てちょっと面白いソフトウェア技術が出てきました。Autodesk社のGenerative Design(ジェネレーティブデザイン)というものでFusion360という3D-CADに実装されています。


https://www.autodesk.co.jp/solutions/generative-design


簡単に言うと設計目標や制約事項をインプットするとシステム側で試行錯誤を繰り返して形状を決めてくれるというものになります。


これまで形を決めるのは人間だったのが、システム側がその領域まで介入して具体的な形状を提案するようになった。新機能の発表以来、私はこのことがずっと気になっています。何かのきっかけになるかもしれないなと。



流行のあとで

設計・製造の世界でもシステムや装置、加工法などにトレンドがあって、これからはこれだ!みたいな感じで流行の波が押し寄せたりします。古くは2000年当時の3D-CADシステムの導入にまつわるもの、最近では2012年ぐらいから始まった3Dプリンターの流行などでしょうか。


3D-CADを使って設計完成度を上げる、2D-CADでの限界を突破する新しいシステム。何でも作れる3Dプリンター、プロが独占していたモノづくりの世界を身近に。


関連するイベントがあったりすると、これまで設計したこともなければモノを作ったこともないような人まで含めて会場に集まってしまったり。流行には何か熱に浮かされたような雰囲気がありますよね。何か面白いことがあるんじゃないか、新しいものに遅れてはまずい、話題についていかなければ等々。。。


しかしそんな流行も数年すれば醒めてしまう。ではこういったものは意味のないことなのでしょうか。


3D-CADの流行が過ぎ去ったあと、3Dプリンターの熱狂が静まったあとに残ったものは何か。少なくとも「3D-CAD」「3Dプリンター」という言葉は定着しました。できること/できないことの認識度合いも上がり、用途と効果も妥当な線で定まってきたように思います。


そして新しいものに過剰な期待を抱いていた人々は波が引くように去っていき、興味を維持して真面目に取り組む人たちが残されました。


流行の波が「興味を維持する人々」も一緒に引き寄せてきたと言えるのかもしれません。



地道に取り組むということ

興味を維持する人々が何をしてきたか。ここに非常に興味深い事例があります。


新工芸舎

新工芸展


上記サイトで紹介されているものはいつもお世話になっている新工芸舎さんの作品です。


FDM式の3Dプリンターを使い始めた人が直面する、「積層痕が残って思ったよりも綺麗にプリントできない」という問題に正面から我慢強く向き合い、それを逆手に取って新しい表現にまで昇華させたものになっています。


10年前に誰がこのような作品群を3Dプリンターで作れると考えたでしょうか。


「地に足をつけて真面目に取り組んだ人だけが成果を得る」


これは私が常日頃感じていることです。良き発想もアイデアも圧倒的なデザインワークがなければ実現しない。きっとそういうものなんでしょう。


新しい道具を使う



Generative Designは3D-CADに搭載されている一機能ではあるのですが私の眼からは「新しい道具」に見えています。この道具がこのままの形で発展するのか、全く別の形で実装されるようになるのかは定かではありませんが、少なくとも使い続けてみないとその評価すらできないのではないかと思います。


新しい手法や仕組みは従来の完成されたものより劣った姿で現れることが多いんじゃないでしょうか。評価の軸が従来と同じならばあれもできない、これもできない、使い物にならないとなりがちです。批判はいくらでもできてしまう。


「システムが形を決める」という仕組みが使える場所は、従来の完成された道から少し外れたところにあるのかなと。そこを見付けるのは手探りで歩く必要があるのでしょうね。。


興味を持ってやり続けるって大事ですね。


【Generative Designを使って生成したペーパーホルダーの支柱】


 

3D-CAD:Autodesk Fusion360