木を水に入れると浮いてきます。
これは非常にありふれた現象で多くの人が自分でやったことがありますし、良く見聞きすることなんだとも思います。
しかしそこから先、そのままずっと水の中に放置していたらどうなるでしょうか?
以前読んだこの本によれば、木の種類によらず木の細胞壁の比重はおよそ1.5ぐらいらしいです。これは軽い木材の代表格であるバルサ材でも変わらないとのこと。
ということは内部の空間が水で満たされれば見かけの比重が1を超える、つまりどんな木材であってもいずれ水の中に沈んでしまうということなんですね。
これ非常に興味深い話で本当にそうなるのか実験してみました。
用意したテストピースはこんな感じのものです。桜材を使い各部の寸法変化も同時に測定できるように切削加工を施しています。
左から、投入直後、1ヶ月経過時点、2ケ月経過時点。
2ケ月で完全に沈みました。
実際にどれだけ含水しているのか、質量変化から含水率を求めてその経時変化をプロットしてみました。
ここでの含水率は、初期からの質量増加分/含水後質量で定義しています。この定義は業界で使われているものとは違うかもしれません。手にしているテストピースがどれぐらい水を吸い込んだのかを示したかったということでこのような指標にしました。
小さなテストピースの方が速く水が浸透しているのがグラフから読み取れます。1か月経過時点で小さなピースは含水率44%、比重1.07、中テストピースは含水率41%、比重1.01、大テストピースは含水率39%、比重0.98となっています。上の真ん中の写真がその時の状態で、小テストピースだけ完全に沈んでいるのが分かると思います。見かけ比重が1を超えると実際に沈み始めるのですね。
結局実験は1年3ヶ月継続させました。ここぐらいになると含水率は50%を超えてきます。初期から比べると倍の質量になったということですね。でもグラフを見るとまだ徐々に含水が進行しているようです。木材の種類と大きさにもよると思いますが限界まで含水させようと思うと数年単位で時間がかかるということなのでしょう。
和蝋燭の製造には含水させた木型を使います。木型は削る時点で既に含水させた木材を使って作ります。含水させる期間は最低でも1年、中には3年ほど水に漬けている場合もあるそうです。
職人さんはこの作業を「木を殺す」という表現で説明されていました。蝋燭の製造時点で木型の寸法に狂いがあってはいけない。ぴったり合わさった型を維持しようと思えば「死んだ木」を使って作る必要があるそうです。何だか面白いですね。
含水によって木材の大きさがどう変化するのか、これも同時に実験しました。
ここでの寸法変化率は初期からの寸法増加分/含水後寸法で定義しています。軸方向は木が成長する方向で、径方向は年輪方向を表しています。また変化率の数値は3種類のテストピースの平均をプロットしました。
グラフを見て分かるのは次の2点。
軸方向と径方向で寸法の変化率が明らかに違う(軸方向の方が変化しやすい)
約6日間経過時点で寸法変化率が収束する
寸法測定は約2ケ月間継続しました。質量は増え続けているのに寸法変化は早期に収束する。この結果は予測に反した意外なものでしたね。てっきり時間経過とともに寸法もじわじわ大きくなっていくのかと思っていましたから。おそらく水が木の細胞壁そのものに与える影響と、木の中の空隙に水が浸透していく現象はまた違うメカニズムなのでしょう。面白いなぁ。
職人の方が実際にやっていること、それを「木を殺す」という言葉で表現していること、実験して数値化するとなるほど「木が死んでいる」のが分かるということ。何だかこうぴったりはまった感触があります。
現象を理解する際の腑に落ちる感覚、これを感じられるのは技術者として結構嬉しいことです。今回の事例もそんな感じでこういうのをもっと増やしていきたいですね。職人の方と協力してできることはこれ以外にもたくさんあるんじゃないかと思いました。
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